2017年6月28日水曜日

中国江南紀行2015(7)魯迅紀念館

平成27年12月28日(月)魯迅紀念館

この日の最初の観光は魯迅紀念館。
広場舞で賑やかな魯迅公園を通り抜けて行くと白い壁の建物が見えてくる。


館内に入ってすぐのロビーではたばこを吸いながらくつろいでいる魯迅先生がお出迎え。

2階の展示室に入ってすぐに目につくのが、魯迅の代表作「阿Q正伝」のジオラマ。


この小説の舞台となったのは、清朝が滅びて中華民国が成立する辛亥革命(1911年)の前後の中国江南地方・紹興近くの小さな村。
日傭いの仕事をしていた阿Qは、虫けらのように村の有力者たちや村人たちに殴られ、虐げられていた。そんな日々の続いたある日、阿Qの住んでいる村にも革命党が来るとのうわさが広がり、阿Qはこれで自分の時代がやって来ると思い上機嫌になった。
しかし、それもつかの間、阿Qは村の有力者と結託した革命党によって盗賊の濡れ衣を着せられ、あえなく処刑されてしまう。
殴られる阿Q
うれしくなって「謀反だ、謀反だ」と叫ぶ阿Q


処刑前に市中引回しされる阿Q
魯迅はこの作品で当時の中国人の奴隷根性を描いたとされているが、身に覚えのない罪で有罪となり処刑される物語といえば、フランツ・カフカの「審判」を思い浮かべる。
どちらも悲劇的な結末を迎える阿Qと「審判」の主人公、ヨーゼフ・K。
ほぼ同時代に生きた魯迅(1881-1936)とカフカ(1883-1924)は、お互いの影響を受けることはなかったが、両者ともこれから訪れる不穏な世の中を敏感に感じとっていたのだろうか。

こちらは上海で若い芸術家たちと語る魯迅の蝋人形。

上海にあって、魯迅を庇護した内山書店の再現もある。


魯迅が上海に移り住んだ時代の上海の写真も展示されている。
1927年、魯迅が上海に来た当時の外灘

1932年、上海事変で破壊された市街地
世界中で翻訳された魯迅の作品がずらり。


文豪広場に立つ、威風堂々としたゲーテ像。

このあと私たち一行は、豫園商場で昼食を食べてから、バスで杭州に向かった。
豫園商場
(次回に続く)

2017年5月30日火曜日

中国江南紀行2015(6)上海博物館

平成27年12月27日(日)上海博物館

上海博物館の中国絵画のコーナーでは、近代画家で、美術品の蒐集家、鑑定家でもあった呉湖帆(ごこはん)(1894-1968)のコレクション展が開催されていた。



五代の董源に始まって近代の呉湖帆自身の作品まで、年代順にハイレベルな名品がずらりと展示されている。
(上海博物館は1年前にも行ったので、その時の様子はこちらをご参照ください。また、王朝順に代表的な作品を紹介していますので、1年前と重複する作品もありますがご了承ください。)

   中国江南・上海紀行(7)上海博物館

   中国江南・上海紀行(8)上海博物館続き

最初は五代南唐(937-975)の董源(とうげん)「夏山図巻」。
江南地方で活躍して「南に董巨(董源と巨然)あり」と言われた董源。江南地方ののどかな自然の雰囲気がよく描かれている3メートル以上の絵巻。
五代 董源 夏山図巻(部分)
続いて北宋中期の画家・郭煕(かくき)「幽谷図軸」。
こちらは平成25年に東京国立博物館で開催された特別展「上海博物館~中国絵画の至宝」で来日した作品。昨年台北故宮博物院で見た郭煕の「早春図」と同じく巨大な障壁画の一部の可能性も指摘されている(同特別展図録より)。


北宋 郭煕 幽谷図軸
こちらは彫版印刷が発達した南宋の宋伯仁(そうはくじん)「梅花喜神譜」。
この双桂堂刊本は宋伯仁が編集したもので、中国最初の木版図譜である、と解説にある。
南宋 宋伯仁 梅花喜神譜冊
元代に移って展示されていたのは呉鎮(ごちん)「漁夫図巻」。
こちらも董源「夏山図巻」と同じく前回に引き続き今回も展示されていた逸品。

元 呉鎮 漁夫図巻 (部分)
ゆるキャラの漁夫のおじさんに再会!
元 呉鎮 漁夫図巻(部分)

気持ちよさそうに居眠りをする漁夫も。
元 呉鎮 漁夫図巻(部分)
明代に入って仇英(きゅうえい)、沈周(しんしゅう)、董其昌(とうきしょう)と続く。
まだ現物をみたことがない仇英の「清明上河図」(台北國立故宮博物院)のように色彩がとても鮮やか。
明 仇英 倣古人物図冊

呉派文人画の代表格、沈周「西山紀遊図巻」。
明 沈周 西山紀遊図巻(部分)
橋を渡る高士はどこへ行くのか?
明 沈周 西山紀遊図巻(部分)
険しい峠を越えて、
明 沈周 西山紀遊図巻(部分)

船に乗り、
明 沈周 西山紀遊図巻(部分)
 高士の行きつく先は海に突き出た岬にあるお寺のような建物か?
明 沈周 西山紀遊図巻(部分)
あっ、さきほどの高士は東屋の下で佇んでいた!

明 沈周 苔石図軸

続いて明末の董其昌。
上海から帰ってきた後も、今年初めに東京国立博物館と台東区立書道博物館の連携企画「董其昌とその時代」が開催され、両館に前期後期とも行って、董其昌とその時代の素晴らしい書画を存分に鑑賞することができた。
明 董其昌 画禅室小景図冊

清初の代表は、董其昌の影響を受けた「四王」の一人、王時敏(おうじびん)。
古(いにし)えに倣いつつも独自の雰囲気を出している山水図。
清 王時敏 倣古山水図冊
そして最後に呉湖帆の作品。
青緑山水を描いた呉湖帆も、
呉湖帆 倣燕文貴渓山楼視図軸(1935)
董其昌や「四王」の流れを汲む優雅な山水画を描いていた。

呉湖帆 湖山秋色図軸(1932)

呉湖帆 梅景書屋図軸(1929)
蘇州に生まれ、上海で活躍した呉湖帆。
故宮博物院のように強大な権力をもった皇帝の後ろ盾があった訳ではないのに豊富な中国絵画のコレクションを誇る上海博物館で今でも中国絵画の名品を見ることができるのは、中国絵画の良さを見出し、大切に蒐集・保存した呉湖帆の並々ならぬ努力があったからであろう。
呉湖帆さんに感謝。
(次回に続く)








2017年4月23日日曜日

中国江南紀行2015(5)蘇州→上海

平成27年12月27日(日)蘇州→上海

この日は午前中に蘇州市内を観光して、昼食後上海にバスで移動するという行程。

出発まで時間があったので、市の中心にある道教寺院「玄妙観」に行ってみた。
玄妙観「三清殿」
入館料は10元。チケットには玄妙観の歴史が紹介されていて、「西晋の咸寧二年(276年)に創建され、江南地方第一の道教の中心で、主殿の三清殿は南宋の淳熙年間(1179年)に建設され、国内最大の南宋木造建築」とある。

三清殿は、南宋以来、800年以上も蘇州の街を見守ってきただけあって、どっしりとした風格を感じさせる。
建物前の広場では、地元の人たちが太極拳に励んでいた。
まるで中国悠久の歴史そのもののようなゆったりとした動きをしていた。


ホテルとの往復でおよそ1時間。朝の心地よい散歩だった。

玄妙観に通じる参道の観前街はおしゃれなショッピング街になっている。
朝早いので人はまだまばら。
玄妙観に通じる参道の観前街

蘇州市内は藕園と虎丘に行ったが、どちらも1年前の平成26年12月29日に行っているので、その時の様子はこちらをご覧いただきたい。

中国江南・上海紀行(6)藕園・虎丘

虎丘から昼食会場に向かうため山塘街を歩いていたら、「李鴻章祠堂」という横断幕を発見した。修繕工事中のようだが、昨年も山塘街を歩いたのに気が着かなかった。李鴻章といえば清末の政治家で、軍隊の近代化や殖産興業に力を注いだ人だったが、日清戦争で清が日本に負けてしまったため清国全権として下関条約の締結を行うという、損な役回りを担うことになった。

完成予想図を見ると、とても雰囲気がよさそうなので、完成したら来てみたいと思う。


こちらは山塘街に沿って流れる、北京と杭州を結ぶ京杭大運河。

昼食後、私たち一行はバスで上海に向かい、約2時間20分のドライブのあと上海市内に到着した。
少し雨が降っていたが、雨模様の外灘も落ち着いた感じで、なかなかいい風情。


新天地のイルミネーションもとてもおしゃれ。


ドイツ・バイエルンの有名なビールメーカー「パウラーナー」の名を冠したレストランの隣には小さなクリスマスマーケットが。

クリスマスは過ぎても、クリスマスツリーが残っていたりして、街はとても華やいだ雰囲気。


(外灘と新天地の間に上海博物館に行きましたが、そのときの様子は次回に紹介します。)

2017年3月13日月曜日

中国江南紀行2015(4)蘇州の夜「平江路」

昨年末に行ってきた台北・國立故宮博物院の旅行記を間にはさんだので、「中国江南紀行2015」は3ヶ月ぶりの再開になります。

初日に烏鎮を観光して蘇州に宿泊、2日目の午前中には木瀆古鎮を散策したところまで紹介しましたが、午後は日帰りで無錫に行ってきました。
無錫では1年前と同じく南禅寺や恵山古鎮に行っているので、詳しくは昨年のブログをご参照ください。

  中国江南・上海紀行(4)南禅寺と恵山古鎮

今回宿泊した蘇州のホテル「グロリアプラザホテル(蘇州凱菜大酒店)」は、市の中心部にあって、とても立地条件のいいホテルでした。
ホテルを出て北に向かうとすぐに「平江路」という、運河沿いに明、清時代に建てられた古い建物が並ぶ通りで、今ではカフェやレストラン、ショップやホテルになっているので、夜になると若者たちが繰り出してきてとても賑やか。




平成27年12月26日(土)蘇州の夜「平江路」

夕食を終えてホテルに戻ってきたときにはもうすっかり暗くなっていたが、まずはホテル近くにある「双塔」を見に行くことにした。
10世紀に建てられたという「双塔」は、地図ではホテルから道をへだててすぐのところにあるはずなのに、あたりを見渡してもそれらしきものが見つからない。
高さ30mもある塔だから、上を見ていれば見つかるかなと思いつつ、あたりをうろうろしていたら、近くの会社の入口の守衛室にいたおじさんが心配そうにこちらを見ていたので、思い切って聞いてみたら、身振り手振りでこの敷地の裏の方だ、と親切に教えてくれた。

言われたとおりに行ってみたら、夜空にそびえる二つの塔のシルエットがようやく見えてきた。

続いて大通りを渡り「平江路」へ。
運河沿いにレストランやショップに改装された古い建物が並んでいる。こうやって歩いていると、まるで京都の祇園白川のあたりを歩いているような気分になってくる。




スターバックスも町屋風
しかし、ところがどっこい、ここは中国。
清代風の服装を着た店員さんたちが入口に立つ中華料理店。
よく見えなかったが頭は辮髪にしているのだろうか。
まるで清代にタイムスリップしたような雰囲気。やっぱりここは中国だ。


とても心地よい散歩だったのでもっと続けたかったけれど、明日も早いのでそろそろホテルに戻らなくては。
そう思いながら空を見上げると、満月が優しい光を照らして私たちを見送ってくれていた。


(次回に続く)




2017年2月19日日曜日

ふたたび台北・國立故宮博物院(2)

2階の中国絵画のコーナーをひととおり見たあとは、前回は時間切れで写真が撮れなかった清代の陶器コーナーに移りました。

鮮やかな色使いの康熙帝(在位1661-1722)コレクション

凝ったつくりの乾隆帝(在位1735-1795)コレクション

上の写真のうち、中にある金魚が描かれた器が回転する一番左の青い瓶と、右から二番目の龍が描かれた冠架(皇帝の冠を架けるもの)は、2014年に東京国立博物館で開催された「台北 國立故宮博物院展」で見た記憶があるが、同じものだろうか。

器の中に金魚を描いた器が入っている。

皇帝の冠を架ける冠架


そして清朝最後の皇帝・宣統帝(在位1908-1912)のコレクション
続いて1階のミニチュアコレクションのコーナー。
もともとプラモデルとか食玩とかが好きなので、玉(ぎょく)や器、書物のミニチュアを見るとほしくなってしまうほど、このミニチュアコレクションのコーナーは特に私のお気に入りの場所。





松竹が描かれた日本の蒔絵の箱も展示されていました。


次に1階の動く中国絵画のコーナーに行ってみると、今回展示されていたのは文徴明の「赤壁図」。
こちらはスクリーンに映し出された「赤壁図」。
登場人物が歩いてきたり、鶴が飛んできたり、見ていて飽きないです。



そして6時半も近づいてきたので、エレベーターで急いで3階に上がり、南院の出張から戻ってきた翠玉白菜をパチリ。



この日は土曜日だったので、9時まで開館していましたが、写真を撮れるのは6時半までなので、撮影はここでタイムアウト。

ここでおなかも空いてきたので、もう一度2階の中国絵画のコーナーに戻り、お気に入りの作品を見てから國立故宮博物院を後にしました。

士林駅前のバス停でバスを降りて、信号待ちをしていたら、私たちの喋る日本語が聞こえたのか、私たちの前で同じく信号待ちしていた高齢女性がにこにこ笑顔で後ろを振り返り、「私は台湾で日本の教育を受けました。」と話しかけてきました。

「日本語はだいぶ忘れました。」と言われていましたが、学校時代の校長先生や担任の先生の名前をはっきりと覚えていて、最後に「お話できてよかった。」と笑顔でお別れのあいさつをされました。

今回の台湾旅行の前に、これだけ何回も台湾にいくのだから、少しは台湾の勉強でもしなくては、と思い、中公新書の『台湾』(伊藤潔著)を買って、行く前や行きの飛行機の中で読んでいました。

その中に、

「・・・植民地統治下の台湾では、日本人官吏や警察官と比べて、概して教師は使命感が強く、
 人格的にも優れ、敬愛と信頼を集めていた。
    今日の台湾人年配者に多く見られる親日感情は、これら日本人教師に負うところ大である。」
(同書P117-118)

とありましたが、士林駅前での日本の教育を受けた高齢女性との短い会話を通じて、まさにこのことを実感しました。日本統治下に台湾で教育にあたった教師のみなさんに感謝です。

夕食は、以前にも入った士林駅前の台湾素食の店で。

「日本のどこから来たの。」
「横浜から。」
「横浜には大きな中華街があるね。」
「でも素食の店はないんですよ。」
「そうか。」

店のご主人とのこういった会話が日本語で成り立ってしまうところが台湾のいいところ。



今回宿泊したのは、台北市街の北の丘の上にそびえる、あの有名な圓山大飯店。


安いツアーだったので、窓に面していない「インサイドルーム」でしたが、部屋は広く、浴室もきれいで、トイレも海外では珍しくウォシュレット!
もちろん朝食も豪華で、バラエティに富んだ料理が楽しめるバイキング。

二泊三日とはいえ、初日は午後便、三日目も午後すぐの便なので、実質一日だけの日程でしたが、午前中は圓山大飯店の丘を降りて圓山駅から歩いて7~8分の保安宮と台北孔廟に行ってきました。

医学の神様「保生大帝」を祀った保安宮。
こちらはその前殿。両側の柱に巻き付く龍や、門扉の獅子はじめ、彫刻がとても鮮やかです。

こちらは正殿。地元の人たちがお参りに来られてました。私たちも無病息災を願ってお参りしました。



こちらは後殿です。一つひとつの祠に神様が祀られていて、その前には色とりどりのお供え物が供えられていました。
後殿
正殿前に戻ってくると、人が入った人形が突然現われてきました。


こちらでは係の人たちがまるで祇園祭の山鉾のような飾り付けをした山車を組み立てていました。


年一回、保生大帝の生誕日(旧暦の3月15日)を記念して街を練り歩くための練習をこれからするとのことです。

続いて入ったのが保安宮に隣接する台北孔廟。
保安宮と比べて人も少なく、ひっそりとしていましたが、とても趣きのある建物です。
孔子の業績を紹介する資料コーナーもあって興味深かったのですが、そろそろ昼も近づいてきたので、また今度来ることにして台北孔廟を後にしました。


孔子のゆるキャラもいました。


あっという間の台北滞在。
それでも台北だと、成田から3時間ちょいのフライトでたどり着いてしまうほどの気軽さがとても心地よいです。
台北國立故宮博物院は、特に中国絵画のコーナーの展示替えが年に何回かあるので、これからも目が離せません。
きっとまた近いうちに台北に行きたくなるでしょう。

(「ふたたび台北・國立故宮博物院」おわり)