2018年4月30日月曜日

中国西安紀行(5)西安の夜(最終回)

平成28年8月12日(金)夜

今回の西安旅行では、夕食後に散策した夜の西安の印象が特に強かった。
日が暮れると市街はにわかに活気を帯びてきて、街じゅうが賑やかで華やかになってくる。

はじめに訪れたのは唐代の街並みが再現された永興坊。

夜も蒸し暑さが残り、とても夕涼みといえるほど涼しくはなかったが、空海や阿倍仲麻呂がこういった街の中を歩いていたのでは、と想像すると楽しい気分になってくる。



唐代の再現といっても古ぼけた感じはなく、小綺麗で、現代でも通じるようなオシャレな街並みが続く。




それでも店の壁に立てかけられた車の大きな車輪が唐代を偲ばせてくれる。




続いてイスラム教徒の街・回民街。
ここは特に人が多くて賑やか。


これでもかと店先にあふれる食べ物に圧倒される。





看板のアラビア文字は「ハラール」と書かれている。中国語では「清真」。




お店の人がさばいているのは吊る下げられた羊!もうほとんど骨だけ!


柱にひっかけて麺を伸ばしている人もいる。

これは西域のパン?

この通りがどこまでも続いてほしいと思うが、残念ながら旅には終わりがある。



たどり着いたのが、夜の散歩のフィナーレにふさわしい、ライトアップされて燦然と輝く鼓楼。



夕食前に行った陝西歴史博物館も見応えがあった。
古代文明から秦、漢、魏晋南北朝、隋、唐、宋、明、清に至るまでの文物がずらりと展示されている。なにしろ展示品が質量ともに半端ではない。

らくだの上にこんなに多くの人が乗っかているところは見たことがない!
唐時代(618-907)の三彩の駱駝俑。

北周時代(557-581)の墓石門。奥の棺内の絵が鮮やか。

なんといってもこの数の多さに圧倒される。
前漢時代(前206-後8)の兵馬俑。


唐時代の十二支の動物をかたどった俑。


こちらも唐時代の俑で、胡人が馬に乗ったり、馬を牽いている姿をかたどっている。


こちらは明時代(1368-1644)の俑。これだけそろうと壮観!



もちろん秦の始皇帝の兵馬俑もいる。


実質2日間という短い旅だったが、とても内容の充実した西安の旅だった。
西安には碑林博物館はじめ、まだまだ見どころもあるし、西安からだと洛陽や敦煌まで足が伸ばせるので、この暑い西安にまたいつか来てみたい、と思いながらイルミネーションのきれいな永寧門(南門)を後にした。


(「中国西安紀行」終わり)

2018年3月31日土曜日

中国西安紀行(4)西安市内続き

平成28年8月12日(金)西安市内続き
この日の午後は、空海が804年に入唐して密教を学んだ青龍寺へ。

庭園の入口を入ると、

アヒルの群が私たちをお出迎え。

回廊には青龍寺ゆかりの僧たちの線刻画が並んでいる。


上の写真の手前から拡大すると、密教の高僧で、空海の師・恵果と、


空海が向かい合うように並んでいる。

こちらは日中友好を記念して建てられた空海記念碑。


続いて興慶宮公園へ。

ここには前回紹介した阿倍仲麻呂の碑が立っている。
717年に入唐した仲麻呂は、玄宗皇帝に仕え、753年に入唐した遣唐大使・藤原清河とともに帰国する船に乗り込んだ時に詠った和歌があの有名な望郷の歌。

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

正面には「阿倍仲麻呂紀念碑」、左側面にはこの和歌が漢字だけで刻まれている。

帰国の途についた仲麻呂は、途中暴風に会い、漂着して唐に帰り、ふたたび唐朝に仕え、770年、長安で没した。


石碑の右側面には、交友のあった李白が仲麻呂の師を悼んで詠った詩が刻まれていて、当時の日本と中国の交流の深さを物語っている。
(次回に続く)

2018年2月26日月曜日

中国西安紀行(3)西安市内

平成28年8月12日(金) 西安市内

西安城壁西門

この日最初に訪れたのは唐の時代の日本と中国との歴史的関係をうかがい知ることができる西安西北大学内の博物館。

やはり唐の都長安と言えば遣唐使。
遣唐使の渡ったルートが示されたパネルや、遣隋使や遣唐使の一覧表が掲示されている。





こちらは井真成の墓誌(上)とその拓本(下)。





墓誌によると、717年に第八次遣唐使の一員として、玄昉、吉備真備、阿倍仲麻呂らと中国に渡り、734年に36歳の若さで中国で亡くなったとされる。
734年に36歳ということは唐にやってきた時は阿倍仲麻呂と同じく弱冠19歳。遣唐使に選ばれるくらいだから相当の秀才だったのだろう。
735年には吉備真備と玄昉が帰国しているので、惜しくもその1年前に亡くなったことになる。いやそれとも阿倍仲麻呂と同じく、時の皇帝・玄宗に気に入られ帰国させてもらえなかったか。

何日もかけて命がけで東シナ海を渡ってきた遣唐使のことを思うと、中国東方航空で成田からわずか5時間でこの地に来て、4日の日程で帰る私たちのことが申し訳ない気持ちになるが、日本に帰国後、その年の10月から八王子の東京富士美術館で始まった「漢字三千年-漢字の歴史と美」でこの墓誌が日本に里帰りしたという記事を新聞で見て、何となくほっとした気分になった。

あっ、鑑真和上像の写真だ!
そう、鑑真は何度も難破しながら来日して奈良の唐招提寺を建立した有名な唐の僧。
やはり西安(長安)は日本とのつながりは深い。


西安は歴史の層が幾重にも積み重なっている。
当時の貴族のお墓からは多くの副葬品が出てくる。
それにしてもこれだけ揃うと壮観。




続いて西安城壁へ。

こちらはホテル近くの長楽門。
こういった城壁が市域をぐるりと取り囲んでいる。


現存する城壁は唐の長安城を基礎に、1370年代にレンガを積み重ねて築かれたもの。
こちらは西安のシンボル、西の城門。シルクロードの起点である。



上に登ると城壁の幅はかなり広い。


全長は13.7㎞、幅は12~14m。レンタサイクルで1周することもできる。


(次回に続く)

2018年1月7日日曜日

台北・國立故宮博物院(2/2)

あけましておめでとうございます。
昨年一年間、ご愛読ありがとうございました。
今年も海外の旅行記や街歩きの記録を掲載していきたいと考えていますので、よろしくお願いいたします。

今回は昨年11月に行った台北・國立故宮博物院の後編を紹介します。

平成29年11月15日(水)

二日目も開館とほぼ同時に故宮博物院に入ったが、それでも国宝級の作品が集まっているだけあってすでにかなりの混雑ぶり。
これからはさらに人が多くなることが想像できたので、とりあえず人気のありそうな王羲之《遠宦帖》(作品番号35)と徽宗《文会図》(作品番号37)を先に見ることにした。


徽宗《文会図》の見どころは、画幅上端両側に徽宗皇帝と、徽宗に仕え、北宋滅亡の原因をつくったとされる宰相・蔡京の題跋が並んでいるところ。
1階の撮影コーナーに展示されている
徽宗《文会図》(複製)


王羲之《遠宦帖》(部分)
1階撮影コーナーのパネルより

この2つの作品の前には特に人が多かった。
台湾の人たちだけでなく、中国の国宝展ということで大陸からも多くの人たちが見に来ていたようであるが、やはり王羲之と徽宗は漢民族の心の拠りどころなのだろうか。

興味深かったのは明や清の時代の画家たちに大きな影響を与えた元末四大家の倪瓚や王蒙の作品の前には人があまりいなかったこと。
おかげで大好きな倪瓚の《江亭山色》(作品番号22)をゆっくりみることができた。
こちらは倪瓚の親友、張雨の描いた《題倪瓚像》(作品番号21)。題賛で張雨は倪瓚について「不真面目で傲慢、一切を好き放題にしている。」と書いている。親友が言うのだから本当なのだろうか。
張雨《題倪瓚図》(部分)
1階撮影コーナーのパネルより

1階の記念撮影コーナーには4点の複製画が展示されていた。
3点はすでに紹介したので、もう1点を。
明四大家の一人、仇英の《秋江待渡》(作品番号31)も空気感があっていい。


1階の撮影コーナーに展示されている
仇英《秋江待渡》(複製)



清初六大家(四王呉惲)の一人、王翬の《夏山烟雨図》(作品番号32)は筆のかすれ感がよかった。

王翬《夏山烟雨図》(部分)
1階撮影コーナーのパネルより


展示作品は前期のみ9点、後期のみ11点、前期後期ともが25点、合計で45点だけ展示であったが、名品ばかりでとても見応えがあった。
今回の「特別展 国宝の誕生-故宮書画精華ー」の展示作品は撮影禁止なので、全部の画像を紹介できないのは残念。
他の作品はぜひとも公式サイトでご覧いただきたい。

http://theme.npm.edu.tw/exh106/treasure/jp/page-2.html#main

特別展以外のコーナーは撮影可だった。
清代の作品で私好みのものがあったので少し紹介したい。

《山水》(作者不明)
李寅《秋山行旅》
さて、そろそろ帰りの飛行機の時間が気になってきた。
名残惜しい故宮博物院を後にして、バスでMRT(地下鉄)の士林駅に向かい、士林駅近くの素食の店「圓通素食」でお昼を食べることにした。



ここは店の中央の台にいくつもの料理が乗っていて、皿に盛り付けて奥のレジで精算する。
お昼時とあって、テーブルはすべて埋まっていたが、出口近くには近くの勤め人とおぼしき男性が一人で座っていたので、相席をお願いした。

ザックを床に置き、料理を皿に盛ってレジに向かったら、その男性がわざわざレジの横に来て、レジの女性が言った金額を英語で教えてくれた。。
台湾に来ると街中でこういった親切な人に出会えるところがうれしい。

これで97台湾ドル(約370円)。ごはんも五穀米なのがうれしい。


故宮で中国名画を見て、台湾素食の店で美味しいお昼を食べて、心も胃袋も満足したところでMRTに乗って松山空港に向かった。

ところで、今回の旅行では、初日の空港で1回、故宮博物院の中で4回、道を聞かれたりして現地の人に中国語で声をかけられた。
もともと自分では南方系の顔をしていると自負しているので、かなり現地になじんでいるな、と嬉しかったが、何しろ中国語が話せないので、全く対応ができず、あいまいな笑みを浮かべてカタコトの中国語で「日本人です。」と言うと、「おおそうか。」と言った感じでみなさん笑いながら離れていった。
相手の方に申し訳ないことをしてしまったと思う。
次は何事もなかったように中国語で返してみたい、と思うのだが、それまでの道のりは長いだろう。せめてカタコトでも、と思い立ち、だいぶ前に買った中国語の入門書を書棚から引っ張り出してきた。
さて、次に行くときはどれだけ話すことができるだろうか。
(「台北・國立故宮博物院」終わり)

前編はこちらです。

台北・國立故宮博物院(1/2)